朝。それは生命の息吹を感ずる時間。陽光が降り注ぎ、鳥は歌を口ずさみ、風は爽やかな幸せを運ぶ。人々は活動を開始し、店を開け、家畜の世話をし、庭の手入れをする。子供達は笑い声をその口の端から溢し、学び舎へ向かう。  素晴らしい朝。それは自分にも例外ではない。誰しも綺麗で爽やかで活動的で心躍る朝を迎える権利がある。  未だまどろむ意識の中、布団の中で伸びをする。このままなら良い気分で目覚められそうだ。そう、今日こそは。 「起きやがれこのちんちくりんワンコロちび太あぁぁぁぁっ!!!」 「ぷぎゃ―――――ッ!!!!」  起しかけた体が、一瞬にして再びマットレスへと沈む。隣の部屋から聞こえる怒号と悲鳴が、ご親切にも完璧に頭を覚醒させてくれた。今日もまた、最悪な目覚めだ。がしがしと頭を掻きながらベッドから這い出る。毎度ながら隣人達のバカ騒ぎは、これだけでは終わらない。 「ぐー」 「起きて一瞬で寝んなっボケがッ!」 「いてぇ!むぁ、あ、ぁにすんだよガイさぁん」 「お、き、や、が、れ、ってんだよこのチビ!ぬけさく!」 「ええぇーなんで朝からそんなに怒ってんのー」 「なんで、だと!?てっめぇふざけんなよ!?金輪際、俺とおめぇの服は一緒に洗濯には出さねぇ!」 「はぁー?いきなり何言ってんすか!別々にしたら洗剤もったいねぇじゃん!」 「うっせぇ口応えすんなゴルアァ!」 「いてぇーっ!そ、そんなこと言われても」 「お前のコートのポケットに入ってた着色料だか何だかのおかげで俺のシャツまで真っ青だっつーの!昨日の洗濯係が泣きそうなツラで持ってきたぞ」 「うわーかわいそうに、誰昨日の洗濯係。殴り殺してないですよね?」 「論点はそこじゃねぇっ!」 「おぶぇっ!い、痛いよガイさん!」 「うるせぇ。お前みてぇなアホカスちび太はこうだッ!」 「痛い痛い痛い痛い!ちょ、マジ、痛いってガイさん腕が!痛い痛いそっちにはまがらないって、あ、ぎ、ぎゃぁ―――――!!!」  この間に、寝間着を脱ぎ棄てて簡素な服に着替えた。左上に皹の入った古い鏡の前で、手櫛で夕焼け色の髪を撫でつける。髪もだいぶ伸びてきた。次の休暇にでもきってもらおうか。ぼんやりと考えながら紐で適当に結えた。 「おら、まいったと言ってみろ」 「ちくしょーっ!いつか見てろよ!ぜってぇぎゃふんって言わせるからな!」 「ぎゃふん」 「…は?」 「言ったぞ」 「ちがうっつーの!あああまたバカにしたぁぁ!!」 「俺様に勝とうなんざ1億光年早ぇっつーのチビ!うりゃ、腕ひしぎ!」 「ぎょぁ゛――――――!!??」  扉を開けて廊下に出ると、ほぼ同時に正面の扉が開いた。出てきたアロドと軽く片手をあげて挨拶を交わす。 「おはよう」 「おはよう、ナナキ」 「今日早いな」 「あぁ、ちょっと斜め前を殺しにいこうかと思って」 「偶然だな。同感」 「よし、行こうか」 「おう」  風薫る麗らかな朝に、血の雨が降ることもある。  朝っぱらから4つ巴の大乱闘を繰り広げる部屋の前をのんびりと通りながら、ミリアリアは欠伸を噛み殺して1人、食堂に向かっていった。




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