「はい、終わり」  気怠げに最後のカードを投げ出すと、向かいに胡座をかいていた少年がぎゃあっと自分のカードをバラバラと放り投げて仰向けに転がった。衝撃で二人の乗っているベッドがギシギシと軋む。  宙に散らばるカード達にちらりと目をやり、ナナキは胸中で呟いた。 (クソカードしか残ってないじゃん)  序盤でいい手をポンポン出すと思ったら、案の定だ。  少年はのそりと体を起こし、口を尖らせた。くりくりといた大きな目に、釈然としないといったような色がよぎる。難題を前にした学生のように、髪をぐしゃぐしゃと掻きまわす。 「くそーっなんで勝てないんだろ。ナナキ強すぎ!」 「お前が弱すぎ。もういいか?俺行きたいんだけど」 「えぇっダメダメ!今日は俺と一晩中遊ぶって言ったじゃん!」 (言ってないし…)  がっくりと肩を落とすも、相手はまったく気にも留めない風で、よーしもう1回、とカードを切り始めた。  ナナキの鞄は床に投げ出されていた。着いたらすぐに荷物を整理してしまう予定だったのに、部屋に足を踏み入れた瞬間このキャンキャンうるさい子犬に捕まった。それからずっとトランプ三昧だ。 「まだやんの?」 「当然!俺が勝つまでやる!」 「もう9連敗じゃん」 「10戦目には勝てるかもしんないし!今日の俺には無理でも明日の俺はぜってぇできる!」  一向にめげる様子のない相手にうんざりし、目にかかった橙色の髪を掻きあげて溜め息をつく。とっさに浮かんだ本音は声に出さず、彼に気づかれることもない。  その方が、いいじゃないか。  わざわざ本音を言って、衝突するより。  反感をかって揉めるより。  適当につきあって適当に別れる。男も女もそれが一番気が楽だ。  それは今日から相部屋のこいつも例外ではない。寝る部屋が一緒だというだけ。それ以上はいらない。現に、俺はこいつの名前も覚えてないんだ。 「ナナキってさぁ」  少年がカードを配る手を止めて顔をあげる。  夜色の髪が電灯の灯りを受けて艶やかに光っていた。瞳は好奇心で輝いている。 「かっこいいよね。なんつーの、色気?彼女いた?何人いた?タラシ?スケコマシ?」 「…あのさぁ」 「ん?」 「それ、誉めてんの?」 「もちろん!」  元気に頷かれ、ナナキは再度肩を落とした。  どうも調子が狂う。  初めてだった。こんなに考えなしで、単純で、多分馬鹿で、まっすぐ接してくる奴なんて。 「お前、変な奴」 「お前じゃないよ、ユアンだってさっきも言ったろ?ユアン。はい復唱!」 「…ユアン」 「よくできました〜。これからよろしくな!」  白い歯を見せて、にかっと笑う。ナナキも、つられて口の端をあげた。 「よーしじゃぁもう1回リプレイだ!次は絶対勝つからな!」 「やってみな。お前じゃ一生無理だから」 「お、言ったなー?見てろこの野郎」  何か違う。  こいつとなら、ちょっとは真面目につきあってやってもいいかな。  漠然とだが確かな確信をもって、ナナキはそう感じていた。  一生に渡る付き合いにまで発展するとは、この時お互いに予想もしたはいなかったのだが。



「そーいやユアン、お前荷物は?」 「え?………あ、忘れた」 この後ユアンの保護者が荷物を持って部屋に怒鳴りこんでくるのは、また別のお話。




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