「「あ」」  声がかぶる。  ドアを開けて目に飛び込んできたのは、部屋に1つしかないベッドにもぞもぞと潜りこむところだったらしいルームメイトの姿だ。  お互いこんな時間に鉢合わせるとは思っていなかったためか、数秒時がとまる。机の上で時を刻む赤い珠時計の時刻は、軽く午前4時を回っていた。 「やーい朝帰り〜」 「うん、あのな、いかにもさっき帰ってきてこれから寝ますって奴に言われても何の打撃もねぇんだわ」  先に沈黙を破ったユアンの軽口に苦笑を洩らしながら、ナナキは後ろ手にドアを閉めた。  コートを脱いで適当に放る。丁度、椅子の背にかかった。机の上には同様、無造作におかれた黒いコート。くしゃくしゃになったそのポケットからは、札や硬貨がはみ出していた。  もぞもぞと蓑虫のようにシーツにくるまっていく友人に呆れた視線を投げかける。 「またポーカー?」 「んーん、今日はチェス。ライアン達と。9勝2敗で俺の勝ち。稼ぎは3200G」 「…おかしいな。バカにはできないゲームのはずなんだけど」 「ナナキも来れば?お前来たら最強じゃん。もっとガッポガポだよ」 「いいよ。別にあいつらと仲良くしたくないし」  ナナキはひとつ、大きな欠伸を噛み殺した。今からではせいぜい寝れて3時間弱だ。明日の訓練はキツいな、と頭のどこかでぼんやり思いながら、髪の一房を三つ編みに結わいていた紐を解いた。くしゃくしゃと夕焼け色の髪を掻き回して、自分もベッドにもぐりこむ。  真ん中を占領していたユアンを壁際に転がした。セミダブルなので、そう苦もなく2人一緒に寝れる。ユアンが小柄なことも幸いしただろう。  2つあったベッドを銀髪の誰かさんが破壊したのが2年前。その後はしばらく2人して床で寝ていたが、方言まじりのオヤジが見かねて軍に支給を手配してくれたのが1ヶ月後。そして何故か1つのセミダブルベッドが届いたのが、破壊からきっかり2ヶ月後だった。  お互い疑問はあったものの大した抵抗もなく、この2年弱同じベッドで就寝を共にしている。 「おら、もっと奥寄れよ。入れないだろ」 「むー、ナナキ、香水臭い…」 「天使の芳しい香りと言え」 「くせーよーシャワー浴びてきなよー」 「そーいうお前はタバコくさいよ。どうせジャッキーあたりが吸ってたんだろ」 「むー」 「起きてる?」 「んー」 「だから寄れってば」 「うぁーい」  ユアンがごろりと壁際に1回転してスペースを開けた。再び占領されないうちに素早くそこに滑り込む。マトレスはユアンの体温でほんのりと温まっていた。  すでにもう夢の世界へ旅立とうとしている親友の頭をぽんぽんと叩く。 「おやすみ」 「んー」  唸った後に眠気のまじった声でおやすみ、と言ってくる。帰ってくる声とすぐ隣で呼吸をする彼の体温に、ナナキは無意識に胸を撫で下ろした。これなら、寝れる。 「明日ちゃんと起きろよ」 「うん…ナナキぃ」 「ん?」 「明日はぁ、ちゃんと、ふつーに部屋で寝るから…」 「あぁ、じゃぁ明日は俺もちゃんと寝るよ」 「んー」  その間延びした返事を最後にユアンは意識を手放したようだった。間もなく、規則正しい寝息がすぐ横から聞こえてくる。  寝つきの早さに、ナナキは苦笑を洩らした。  目を閉じても聞こえる息遣い。瞼を下ろしても感じる肌の温もり。 (これさえあれば、いつでも普通に寝れるんだよなぁ)  穏やかな気分に浸りながら大きな欠伸を1回し、ナナキも次いで夢の中にまどろんでいった。

 明日も、いい日でありますように。




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