「Trick or Treat!!!」  ノックに応じて扉を開けたとたん、妙にはしゃいだ声と共に破裂音がして紙吹雪が舞った。アロドは読みかけの本を手にしたままぽかん、と固まる。  内心ちょっとビビった、というのはこの際自分の胸にだけ閉まっておこう。目の前にいるドラキュラとカボチャが問題だった。  頭に張りついた紙テープを外しながら、彼らをまじまじと見つめる。奇襲が成功して、カボチャとドラキュラは歓声をあげてハイタッチした。微笑ましい。大層微笑ましいのだが。 「お前ら、中間考査は?」 「終わった!」  と、元気に答えるカボチャ。 「明日の筆記が死んだって意味でな」  と、淡々とつぶやくドラキュラ。  秋も深まったエルフの月の初めに行われるアカデミーの中間考査は、パスしないと次年度に進級できないどころか卒業後の配属先にも関わるという、重要な考査だ。皆この時期はそれなりに勉学に心血をそそぎ、徹夜で考査を迎える者も少なくない。  その大事な考査の前日に、こいつらは。 「ユアンがさ、ハロウィンやらないならもう勉強しないとか言い出すから」 「え、だってハロウィンだよ!?堂々とお菓子強奪できて勝手にいたずらできてどんだけ人騙しても怒られない日だよ!?やんなきゃ損だろ」  最後の方に大分語弊があるが。  その潔さにいっそ尊敬の念を覚えながら、アロドは何か手頃なお菓子を探しに部屋の中へきびすを返した。 「ねーアロドー」 「ん?俺あんまお菓子食べないから大したモンないぞ」 「それよりさ、今来てんの俺達だけじゃないんだけど」  ナナキがポロッと言った瞬間、廊下でギャァ!と少女の悲鳴があがる。お菓子を探すアロドの手がとまった。 「イヤイヤイヤイヤぜっっったいに嫌だーーー!!!!」 「ぁんだよ、それじゃ仮装した意味ねーだろ!」  間違えようもない程聞き覚えのある絶叫が、廊下にこだまする。振り返ると、ユアンに引きずられまいと必死に抵抗する黒い手袋が見えた。 「アロドー、『魔女っ子猫ちゃん』!」  とどめとばかりに引っ張ると、流石に力負けしたのか、少女がドアの前に引きずり出された。  黒いロングブーツ、毛でもこもこした黒いショートパンツを履き、同様にチューブトップで胸を隠す。頭には大きな魔女帽子。背中を押されて前につんのめると、パンツから生えた尻尾が揺れた。目の前に来た彼女の帽子を取ってみると、中から大きな猫耳がぴょこんと顔を出す。  言葉もなくまじまじと見ていると、彼女は羞恥からか顔を赤らめて身じろぎした。 「好きで着たんじゃないからね!こんな服だってわかってたら、絶対着なかった…」 「ほら、やっぱミリィの服隠しといて正解だったなー、ユアンくん」 「ですなーナナキさん」 「お前らあとで殺す!」  ぎゃいぎゃい騒ぐ、小さな黒猫。アロドは手にしたままの本をぺいっとそのへんに投げ捨てた。 「ミリアリア…」 「な、なに?」  黒猫は身構えて、後ずさる。追いたくなる衝動をぐっとこらえた。アロドは小さく笑って、帽子を彼女の頭に戻す。さらに、そのへんに放置されていた自分の上着を肩にかけてやった。 「そんなに肩だしてたら、寒いだろ?すごく可愛いけど」 「え?あ、うん、ありがと…」 「ほらお前ら、ご褒美だ」  廊下に立ったままのカボチャとドラキュラに、クッキーの入った袋をいくつか投げてやる。坊主共は歓声をあげて受けとめた。 「ミリィー!次行くぞー!」 「誰行く?」 「ガイさんだろ」 「おいてくぞミリィ!」 「あーはいはい」  アロドを見上げて何か言いたそうな表情をしていたが、急かす声に応えてアロドに背を向けた。じゃあね、と言い残して去ろうとする。  思わず手を伸ばしていた。黒い手袋をはめた細い腕を掴む。  驚いたように振り向いた彼女の耳に唇を寄せて、小さく囁いた。他の誰にも聞こえないように。 「…ッバッカじゃないの!?」  一瞬で頬を林檎のように染めたミリアリアは、それだけ言い残して走り去ってしまった。  姿が見えなくなり、小走りの足音が遠のく。  静かに部屋の扉を閉めた。そのままズルズルと床に座り込む。天井を仰ぐように掌で額を覆い、はーっと息をついた。先ほどのミリアリアの姿が脳裏をゆらゆらとちらつく。 「くそ…腹立つくらい可愛いな」  誰ともなしに独りごち、世間が浮かれる陽気なイベントに感謝しながら、もう一度を盛大に溜め息をついた。 HAPPY HALLOWEEN...




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