新しく今年の桜が咲いたのに、アナタはまだそこで足踏みをしている その事実を知ったのは、3学期の終業式。 「芳樹さー留年だってよ」 成績表を無造作にカバンに放り込みながらクラスメイトの男子が発したひと言に、一瞬心臓がとまった。 まさか、嘘、そんなこと。 「うそ、でしょ?」 「いんや、まじまじ。さっき担任と話してるの聞いちゃった」 隣の坊主頭も呆れたように隣でため息をつく。 「バカだよなぁあいつ」 バカだ。バカだよ。ていうか大バカ。 気づいたらあたしはカバンとコートを鷲掴みにして、廊下へと飛び出していた。 あんま怒ってやんなよ、と男子の声が背中を追ってきた。 怒ってなんか、ない。 でも。 熱くなる目頭をごまかすように瞼をぎゅっと閉じて。 どうしてこんなに、胸がスカスカするんだろう。 桜はまだ、小さな蕾をつけただけ。 その木を見上げる金髪が優しく揺れていた。 「芳樹!」 下駄箱から出したローファーを投げつけるように地面に置く。 慌ててつんのめりそうになるあたしの呼びかけに、芳樹が振り向いた。 少し困ったような顔で笑って。美希、とあたしの名前を呼ぶ。 大好きな声。 朝、おはようを言う声も 昼にいただきます、と言う時も 放課後に手を振りあって、また明日と笑うのも 毎日当たり前に聞いてたこの声を、置き去りにするなんて。 よほどあたしが酷い顔をしてたのか、芳樹が先に笑って言った。 「俺、ダブっちまった」 「覚悟はしてたんだけどさーいろいろあったし、出席たりてねぇし、成績はドベだし」 「でもちょっとはもしかしたらって思ってたんだけど」 「やっぱダメだなー」 矢継ぎ早に言葉を繰り出す。 なんで笑ってんの? 1人だけ置いていかれるのに みんな新しい桜を咲かせるのに アナタだけ古い蕾にしがみついて 視界がゆらゆらと歪んだ。笑っている芳樹の顔が見えない。見えないほうがいい。 「もう美希にノート見せてもらえないな」 「…バカ」 「授業中に起こしてももらえないし」 「…バーカ」 「あ、でも勉強は教えてもらえるよな!美希が1こ上になるんだから」 「バカ、バカ、バカ、ほんと、バカじゃないの」 「…うん、ごめんな」 「芳樹、バカ」 「ごめん」 ごめん、ごめんね 謝らないで 謝るのは、あたしの方 アナタを置いていくくせに、今になって気がづいた この声が毎日聞けなくなるのが泣くほど悲しい それくらい 芳樹のことが、好きみたい ごめんね 臆病なあたしは、残していくアナタに気持ちを伝えることもできない 心の中ではこんなに叫んでるのに 一緒にきてよ 大好き 狂おしいほどのこの想いの名を、 私は今まで知らなかった ←BACK